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最高裁判所第一小法廷 平成5年(オ)589号 判決

上告人

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

安若俊二

被上告人

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

松本健男

主文

原判決を破棄する。

本件訴訟は、平成四年九月九日に上告人が請求を放棄したことにより終了した。

理由

上告代理人安若俊二の上告理由について

記録によれば、(1) 上告人が被上告人に対して離婚を求める訴訟を提起したところ、被上告人は右離婚請求が認容されることを条件として上告人に対して予備的に財産分与の申立てをしたこと、(2) 第一審判決は、上告人の離婚請求を認容し、被上告人の財産分与の申立てに基づき上告人から被上告人に第一審判決物件目録一〇及び一一記載の土地建物及び五五〇〇万円を財産分与すべきことを命じたこと、(3) 上告人は、右第一審判決を不服として控訴したが、平成四年九月九日の原審口頭弁論期日において右離婚請求を放棄する旨陳述したこと、が認められるところ、原審は、婚姻事件については人事訴訟手続法一〇条の規定を準用して請求の放棄は許されないと判断した上、右第一審判決の認定判断を是認して上告人の控訴を棄却する旨の判決を言い渡した。

しかしながら、離婚請求訴訟について請求の放棄を許さない旨の法令の規定がない上、婚姻を維持する方向での当事者による権利の処分を禁じるべき格別の必要性もないから、離婚請求訴訟において、請求を放棄することは許されると解すべきである。この場合、離婚請求が認容されることを条件として相手方から予備的に申し立てられた財産分与の申立ては、離婚請求の放棄によって当然に失効するものと解される。

そうすると、これと異なる見解に立って上告人のした請求の放棄によっても本件離婚請求訴訟は終了しないものとした原判決には、民訴法二〇三条及び人事訴訟手続法一〇条の規定の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、この趣旨をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よって、本件訴訟が平成四年九月九日に上告人が請求を放棄したことにより終了したことを宣言することとし、民訴法四〇八条に基づき、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三好達 裁判官大堀誠一 裁判官小野幹雄 裁判官大白勝)

上告代理人安若俊二の上告理由

一、本件控訴審判決は人事訴訟手続法第一〇条の解釈適用を誤った違法がある(民事訴訟法第三九四条)。

(一) 即ち、上告人は控訴人は控訴審において請求の放棄をなしたが、裁判所は「これらの人事訴訟ではその対象となる身分関係が当事者の自由な解釈に委ねることのできないものであり、その審理については職権探知が行われることから請求の認諾のみならず請求の放棄、和解も同様に許されないものと解するのが相当であり婚姻事件については、人事訴訟手続法一〇条を準用して請求の放棄は許されないと解する。」との理由でこれを認めなかった。

(二) しかし、右解釈は明らかに人事訴訟手続法第一〇条の明文の規定に反するものである。即ち、同法第一〇条一項後段は民事訴訟法第二〇三条中「請求の認諾」に関する規定の不適用だけを明言しているのである。

従って、法解釈の常識でいくと当然右規定の反対解釈で請求の放棄、和解が許されているのである。

(三) また、その実質から解釈すると、

(1) その対象となる身分関係が当事者の自由な解決に委ねることの出来ないものではないのである。即ち婚姻関係は法律で強制しているものでもなく、自由に婚姻関係を持つことが出来るしその解消も当事者の自由な意思でなされるものであることは言うまでもないのであって(協議離婚、民法第七六三条)、本件の如く、離婚の裁判を求めたものが、これを放棄し婚姻関係を維持しようとする意思表示をしているのにこれを認めない結果となる法解釈は違法である。その結果、上告人の憲法上保障された基本的人権を侵害する結果となるものである。

(2) また、審理において、職権探知主義がとられているからといっても、強制的に離婚を求めるときに適用せられるべきであって、前項の如く当事者間で離婚の合意がなされたものを認めないというのは、協議離婚を認めていることと対比するとその意義は全くなく、そのようなことをすると裁判所は一般国民から脊を向けられる結果を招来するだけである(即ち、裁判所が和解を認めないなら勝手に離婚届を出すだけである。)。

(四) 更に原裁判所の如く解するならば、訴の取下げも当事者の任意処分に委ねるべきではないことになろう(民訴法第二三六条)。

そうすると人事訴訟手続法第一三条の和諧と対比すると矛盾が生じないだろうか。

(五) 裁判所においては訴訟上の和解がなされている。

即ち、家庭裁判所の調停において、また地方裁判所の和解においても「当事者双方は協議離婚の届出をすることに合意する。」という表現で実質上の訴訟上の和解が行われているのである。これは、何を意味するものであろうか、これらの事実は本件控訴審判決の如き解釈が不当であるからこれを潜脱するために行われていることを物語るものである。

そうであるなら、人事訴訟手続法第一〇条の解釈を改めて、訴訟上の和解、請求の放棄の許されるべき事柄を正当に判断すべきである。

本件において、上告人が請求を放棄することによって被上告人は不利益を受けることはないし、却って利益を伴う結果となることは明らかである。

以上

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